1998年に和歌山県園田で起きた、和歌山県和歌山市園部で起きた、「和歌山毒物カレー事件」。これで逮捕され死刑が確定している林真須美容疑者。
今でもこの恐ろしい事件は皆の記憶に新しく残っているのではないでしょうか。

 

死刑囚、林真須美容疑者の生い立ちが気になったので調べてみました。そこにカギがあるのかと思い、、、

 

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和歌山毒物カレー事件

《和歌山毒物カレー事件》
場所 和歌山県和歌山市園部
標的 夏祭りに集まった園部地区の住民
日付 1998年(平成10年)7月25日
攻撃手段 カレーライスに毒物を混入
攻撃側人数 1名
武器 亜ヒ酸
死亡者 4名
負傷者 63名
犯人 林 眞須美
動機 不明
対処 和歌山県警が林を被疑者として逮捕・和歌山地検が林を被告人として起訴
刑事訴訟 死刑(未執行)

地区で行われた夏祭りにおいて提供されたカレーに毒物が混入され、カレーを食べた67人が中毒症状を起こしうち4人が死亡した。和歌山カレー事件とも呼ばれる被疑者として逮捕・被告人として起訴された無職の女性・林 眞須美(はやし ますみ)は無罪を訴えるが2009年(平成21年)には最高裁判所にて死刑が確定した。引用:wikipedia

 

夏祭りでカレーが提供されるシーンは今はもう見られないかもしれません。ですが、この時代は今よりも犯罪件数ははるかに少なく、誰が作ったのかは詳しくは分からないカレーでも抵抗なく食べることができた時代でした。

 

外で食べるカレー美味しいですし、夏祭りも盛り上がっていたと思いますが、事態は急変、その祭りでカレーを食べた住民が嘔吐・下痢などの体調不良を訴え、最終的には4名もの死者が出るという事件に発展してました。

 

 

この事件の被疑者として逮捕されたのが、林真須美容疑者。当時35歳。

連日ワイドショーで報じられていました。

結果的に死刑が確定していますが、林真須美死刑囚は現在も冤罪を訴えています。

 

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林真須美の生い立ちは?

林真須美の生い立ちを調べてみました。そこにこの事件を起こしたカギが隠されているのかと…

1961年7月生まれ。
(2018年現在、57歳。)

和歌山県有田市の小さな漁村で生まれています。

兄弟は3人兄弟の末っ子。
女の子は林真須美死刑囚のみで、上に兄が二人いました。

父親は地味な性格でしたが、その一方で母親は社交的で派手なタイプ。
保険の外交員をしていました。その影響があってか、林真須美死刑囚も保険の外交員をしていた頃があったようです。

 

家庭は裕福な方で、当時珍しくピアノを買ってもらっていたり、お小遣いは多めだったり、お金には不自由ない生活だったようです。その一方で共働き、特に母親が忙しかった事が寂しいと感じる生活で、その母親に褒めてもらいたいと思う気持ちから家の手伝いを率先してする少女だったようです。

 

逮捕当時の林真須美死刑囚の画像を見ていても、「もう少し痩せたら美人?」と感じる人もいるようです。その通り、子供の頃はとても可愛らしい顔立ちだったようです。

 

そして気になる性格は、負けず嫌い。この負けず嫌いな性格は年齢を重ねるごとにどんどん激しくなり、10代の頃はそれを「ヒステリック」と呼ぶべきものへと変貌していったと言われています。この10代の思春期の頃に、この性格を決定付けるなにか出来事があったのかもしれませんね。

 

高校を卒業後、看護学校に進学。そこでは寮生活を強いられますが、その寮生活のルールが厳しすぎて順応するのに時間がかかったと共に「自由」への憧れの念を多く抱くようになったと言われています。

 

その看護学校の2年生、19歳の時に、夫の林健治と知り合っています。その時林健治は35歳。妻子あり。不倫の恋でした。
林健治はシロアリ駆除の会社を経営する社長で、派手な外車を乗り回していました。

 

のちに二人は結婚。林健治は妻と離婚。林真須美との再婚は、3回目の結婚だったようです。お金があって、憧れ求めた「自由」が手に入ると思った結婚でしたが、蓋を開けると夫の林健治のDV、そしてシロアリ駆除会社の倒産などから、自分と願ったものとはかけ離れた生活を送っていたようです。

 

林真須美死刑囚が保険の外交員をして生計を支えて、おそらくその頃から夫婦関係の立ち位置が逆転していったようです。

 

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林真須美のカレー事件を起こした理由はなぜ?動機は?

耳かき1杯ほどの量でも致死量となる劇薬といわれるヒ素。
シロアリ駆除業を営んでいた林家にとっては身近な物。

 

二人でお金に不自由ない生活をするつもりだった林真須美夫妻。
お金がない暮らしには慣れることができなかったのか、バイク事故や自転車事故を装って保険金を次々と騙しとっています。一番金額が大きく驚くべきものは、林真須美死刑囚の母親(前述の通り、保険の外交員)が

「保険には、死亡保険金と同額をもらえる高度障害保険金っていうのがあるんよ」

と言っていたことからヒントを得て、ヒ素を少しずつ体の中に取り込み、自らを「両手足が一切動かず、終身介護を要する」状態だと医師に診断書を書いてもらうために、演技をしながらの入院生活を続け、結果的に1億4000万もの保険金を受け取っています。

のちに林健治は、保険金詐欺で搾取したお金の総合計は8億ほどになると一部インタビューでも答えています。8億!と驚くのですが、林健治は1度の競馬やギャンブルで1000万を軽く使ったりするようなギャンブラーなので、そのお金も猛スピードでなくなっていったとも言われています。

ではなぜ、夏祭りのカレーでヒ素を混入させたのか?今度は保険金は入らないのになぜ?というところが大きな論点になったようですが、林真須美死刑囚は普段から近所住民から嫌われ、夏祭り当日も挨拶を誰もかわしてくれなかったことへの苛立ちは激しく募らせていたのではないかと言われています。

これも、幼少からの「負けず嫌い」や「ヒステリー」の性格が出てしまったのではないでしょうか。

林真須美の自宅の現在は?

出典:https://matome.naver.jp/odai/2138928100662621901

 

これが林真須美死刑囚の当時の自宅。

このあと、子供達は施設にあずけられ無人に。壁への落書きもされていますね。
ですが、2000年放火により全焼。土地は競売にかけられ、380万円で地元自治体が落札し、公園へと整備されました。

もうこの忌々しい土地にまた誰か訳もわからない人が引っ越してくるのならば、地元自治体で買い取ろうという事になったのでしょうが380万という金額は決して容易に用意できるものではなかったので、地元住民の方々が協力しあったんでしょう。

まとめ

今回は1998年に和歌山園部で起きた、カレー事件の犯人、林真須美死刑囚の生い立ちを調べてみました。「負けず嫌い」で「ヒステリック」。その性格は幼少からで、その性格がこの事件の全てだったのではないかと推測します。

冤罪を訴える集団も存在しますし、なんだかはっきりしない事件ではあるので、今後の林真須美死刑囚の動向については注目が集まります。

最後までお読みいただきありがとうございました!

 

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