2018年、4月に愛媛県今治市の松山刑務所大井造船作業場から脱走し、約3週間にわたる逃亡中に車や現金を盗んだとして、逃走や窃盗などの罪に問われた受刑者の平尾龍磨被告。

その逃走劇は23日。
近隣住民は落ち着くことがなかったでしょう。

この平井龍磨受刑者はいったいどこにどうやって潜伏していたのか?
そして、脱獄しようと思った理由っていったい???

調べてみます!

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平尾龍磨の潜伏場所はどこだった?

2018年4月8日18時頃、平井龍磨容疑者は松山刑務所から逃走、脱獄決行。
脱獄するにも、その後の逃走生活に必要なものはお金。

刑務服のまま逃走するわけにもいかないので、強盗をしたり、民家の洗濯物から盗みを働いたりというのも過去の脱獄事例でよくあることです。

平尾龍磨が選んだ手段は、

・車
・現金

を盗むという方法。

一瞬、エンジンとキーをつけたままの車を見つけ、それを盗み逃走の足に使うという大胆な行動に出ます。

盗難がある地域に集中すると、それが平尾龍磨の居場所として特定されるのでとにかく必死に移動をしたかったのでしょう。

結果的には、4月30日広島市南区の近くのマツダスタジアムで身柄を確保されました。検問をすりぬけて四国から本州に移動した手段はなんと
本人と認めたため、警察が逃走の疑いで逮捕しました。

そして身柄が確保されたのは、

尾道市向島の無人別荘。


出典:https://www.sankei.com/west/news/180502/wst1805020029-n1.html

2回もこの別荘に捜査に入っていたものの、平尾龍磨はこの家の屋根裏部屋にいたとか。

そこにテレビを持ち込んで、自分の身に捜査の手が伸びていることも十分承知。

刑期はあと半年。
なぜ、脱獄なんてしてしまったのか。

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平尾龍磨 脱獄理由は?

平尾龍磨が脱獄した理由は、まさかの、「獄内 人間関係」。

看守や、刑務所内の人間関係にトラブルがあったとのことです。
普通ならば半年で刑期終了ならば、我慢できそうに思うのですが。

刑務所内の人間関係などは半年もすれば終了するわけですし。

それでも耐え難い何かがあったのでしょうか。それは詳しくはわかっておりません。

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まとめ

平尾龍磨の逃走劇は23日にも渡り、その間、近隣住民は恐怖と不便を感じ暮らすことに。平尾龍磨の一大決心。その勇気があるならば、あと半年くらいなぜ我慢できなかったのか。それほどもいやだった人間関係とはどんなものだったのか、報道されていない部分を詳しく知りたいですね。

最後までお読みいただきありがとうございました! 

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