アイドルグループ「仮面女子」猪狩ともか(26)さんが、2018年4月11日に東京都文京区湯島聖堂前の歩道を歩いていた際、木製の看板の下敷きになるという事故がおきました。その事故で猪狩ともかさんは脊髄損傷。そして両下肢麻痺。車椅子生活になってしまいました。事故の場所、湯島聖堂の看板とは?考察していきたいと思います。

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猪狩ともか事故の場所は湯島聖堂!事故の経緯は?

《事故の経緯》

*4月11日
*その日はニュースでも取り上げられるほど
強風の日だった
*猪狩ともかさんは歩道を歩いていた

すると、湯島聖堂の木製の案内看板が倒れてきた。

おそらくこの案内看板だと思われます。

この看板はこの画像では分かりにくいですが、
縦2.8メートル、横3.8メートルの大きさだったそうです。

相当な大きさですね。


引用:http://kotoriringle.work/?p=29363

看板の根元は錆びついていたという気になる声も
上がっています。整備不良ではなかったのでしょうか。

 

猪狩ともかさん自身も、
大きな看板が倒れてくることは理解していたけど、
とっさのことで体が動かなかったようです。

 

気づいた時には看板の下敷きに…
本当に怖い思いをされたことだと思います。

 

 

猪狩ともか事故の場所は湯島聖堂!その場所はどこ?


湯島聖堂とは…?

湯島聖堂(ゆしませいどう)は、東京都文京区湯島一丁目にある史跡。江戸時代の元禄3年(1690年)、江戸幕府5代将軍徳川綱吉によって建てられた孔子廟であり、後に幕府直轄の学問所となった。JR中央線の御茶ノ水駅聖橋口からでて、聖橋を渡り右手の森の中にあり、「日本の学校教育発祥の地」の掲示がある。

湯島天満宮(湯島天神)とともに、年間(特に受験シーズン)を通して合格祈願のために、参拝に来る受験生が訪れる。特に、合格祈願の鉛筆を買っていく受験生の姿が多く見受けられる。国の史跡に指定されている。

引用:wikipedia

 

 

国の史跡に指定されている歴史ある建物。
が、ゆえに看板も古かったのかもしれませんね。

 

 

猪狩ともかさんの生活は一変。
その現実をどうやって猪狩さんは受け止めているのか、
いや、受け止めることはできているのか?

 

 

応援するという言葉だけではなんとも
言い表せない感情に押しつぶされそうになります。

猪狩ともかさんの現在の姿、家族の支え

猪狩ともかさんの現在を、
お父様が語っていらしたことが印象的でした。

猪狩ともかさんは家族の前では、
事故から約1ヶ月経った今でも、

涙を見せたことがなかったそうです。

家族に心配をかけたくなかったから、
明るくいつも笑って前向きにすごしていたそうです。

お父様は、
「その姿は、もう我が娘というよりも、
人間としてリスペクトに値します」と。

そうコメントされていたことが印象的でした。

そしてお兄様は、
「歩けなくったって生きてるんだからいい!」
そう言って、落ち込む家族を励ましたこと。

また、猪狩ともかさん本人に、
「ともかは自慢の家族。
ずっと支えていくよ」と声をかけたそうです。

猪狩ともかさんは、
そんな兄の支えに、
「こんなにも兄が妹のことをおもってくれているとは
知らなかった」と感激していたそうです。

ご家族や事務所の方の支えで、
猪狩ともかさんは前向きになれ今後の目標もしっかり掲げ、
きっと素晴らしい人生を歩まれるのではないかと思います。

心から応援したいです。

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まとめ

今回は仮面アイドル猪狩ともかさんが
湯島聖堂の看板の下敷きになり大怪我をされた事故
について書いてみました。

ご家族は現在、湯島聖堂と補償の問題で
話し合いをされているようです。

猪狩ともかさんの人生が、
今後素晴らしいものとなりますように、
心よりお祈りしたいと思います。

最後までお読みいただきありがとうございました!


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