6月16日メットライフドームで行われた交流戦、西武-中日の試合で、敷田直人球審が途中で倒れ担架搬送となり球場が騒然。その原因と現在の容体、倒れた時の動画を探してみました。

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敷田直人球審 倒れた時の動画

引用:NPB

こちらが倒れた敷田直人球審の顔画像です。


左手をあげて自らタイムを取ろうとしたけど、
その手もあげることができず、足元もふらつき、
そのまま後ろへ後頭部から転倒。


マウンドにいた中日の木下が異変を感じ、
手を挙げて試合を止めました。


後ろへ後ろへ下がり、そのまま後ろへ転倒。
後頭部への衝撃も気になるところです。


その前打者の西武金子選手のファウルチップが
左膝付近にあたり、敷田直人球審は痛みを訴えていたとの
情報も入っています。

敷田直人球審が倒れた原因は?

敷田直人球審が倒れた原因は今のところ
まだわかっておりません。


前述したとおり、金子選手のファウルチップが左膝にあたったこと、
もしくは、熱中症のせいか、
また、何か大きな病気のせいかのか、


またこんな情報も。
2日前に2塁審をしていた試合でも、
イニングの途中でうずくまるシーンも
多数目撃されています。


どう見ても体調が悪そうですよね。

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敷田直人球審現在の様子は?

敷田直人球審の現在の様子ですが、
17時05分にメットライフドームから救急搬送され、
その時は意識は有り、受け答えははっきりしているとのことです。


このあと精密検査をされると思いますが、
何事もないことを祈ります。

敷田直人球審のプロフィール

引用:NPB

名前・・・敷田直人(しきたなおと)
出身地・・・福岡県
生年月日・・・1971年10月25日(46歳)


福岡県立八幡工業高等学校を卒業後、新日鐵君津に入社。
新日鐵時代は下柳剛、松中信彦らとチームメイトであった。
野球部で捕手として3年間プレーしたが、
目立った結果は残すことなく1992年限りで退部、同時に新日鐵も退社した。
引用:wikipedia

その後、歯医者の待合室で読んでいたスポーツ新聞に、
セ・リーグ審判員公募の記事があり、
そのあと、コンビニに寄り、その新聞を購入して、応募を決める。
そして、合格し1996年から審判員となり、2001年に一軍デビューをしています。


2015年には通算1000試合出場を記録した。
現役審判員では25人目の達成だったそうです。


捕手としては、思うような成績はあげれなかったけれど、
そのあとの華麗なる転向。
自分を見失わずまっすぐに歩まれていたのですね。


ちなみに、敷田球審といえば、三振の時に見せる
この卍ポーズが有名です!

過去に球場で倒れた人


渡真利克則審判員6月16日メットライフドームで行われた交流戦、西武-中日の試合で、敷田直人球審が途中で倒れ2006年4月21日の巨人対阪神戦の試合途中で倒れ、
原因は不整脈だと診断。不整脈治療の手術も受けて審判復帰を目指したものの、最終的に断念。
現在は、阪神園芸に就職し、整備課の主任として鳴尾浜球場の整備をしているそうです。


巨人の木村拓也コーチ。
2010年4月2日の練習ノック中に倒れてそのまま意識戻らずお亡くなりに。
くも膜下出血でした。

動画は、追悼試合でご長男が始球式で投げたシーンです。

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まとめ

6月16日メットライフドームで行われた交流戦で敷田直人球審が途中で倒れました。
現在の様子はまだわかりませんが、意識はあるようです。
大事には至らないことをお祈りいたします。


最後までお読みいただきありがとうございました! 

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